塩田 大幸

研究マネージャー

塩田 大幸博士(理学)

京都大学において博士号を取得、国立天文台、海洋研究開発機構、理化学研究所、名古屋大学などを経て、2017年NICT入所。名古屋大学宇宙地球環境研究所客員准教授兼任。太陽嵐の研究と太陽嵐の予測のための数値シミュレーション開発に従事。

数値シミュレーションで太陽嵐の影響を予測する

太陽嵐の物理過程の理解に基づく数値予報に向けて

太陽嵐と宇宙天気

宇宙天気とは、電離圏から上空の地球周辺の宇宙空間の環境変動のことです。宇宙天気は太陽からの影響を受けて変動をしますが、その乱れが非常に大きくなる時には、宇宙空間にいる宇宙飛行士の被ばくや人工衛星の障害などの影響が及ぶのみならず、地上の通信やGPSなどの測位が乱れ、さらにまれに航空機高度での被ばくや地上の送電網に影響が及ぶことがあります。これらの影響を引き起こすおおもとの原因となる現象が、太陽コロナで発生する爆発現象「太陽フレア」と、それにともなって大量のコロナガス(プラズマ)が太陽から惑星間空間に放出される「コロナ質量放出:CME(coronal mass ejection)」です。これらを合わせて「太陽嵐」と呼びます。

さらに太陽嵐では、しばしば非常に高いエネルギーを得た一部のコロナガスの荷電粒子(陽子や電子など)「SEP(solar energetic particle)」が惑星間空間に放出されます。CMEとSEPは惑星間空間を伝搬するため、発生位置によっては地球に到来し、私たちの生活に影響を及ぼすことがあります。最近の記憶に新しい事例では、2017年9月6日に巨大な太陽嵐が発生し、2日後の8日には通信の乱れやGPSの測位誤差の増大が日本でも観測され、社会的に注目を集めました。また、同年9月10日にも大規模な太陽嵐とともにSEPが発生し、航空機高度で人体に影響が及ばない程度の被ばく線量上昇があったと推定されています。

図1. 2017年9月の太陽フレア、CME、SEP

図1. 2017年9月の太陽フレア、CME、SEP

このように極めて大きな太陽嵐では大量のSEPが生成され、地球に到来した一部のエネルギーの高い粒子が大気に突入します。その粒子の大気との反応の結果、大気中の放射線量を増加させます。地球の外から来る放射線は大気によって吸収されるため、航空機の高度のほうが地表より影響が大きくなります。さらに放射線となる荷電粒子は地球磁気圏の磁力線によって磁極の近く集められるため高緯度の地域の方が大きな影響を受けます。私たちのグループでは、図2のような航空機高度での被ばく線量をリアルタイムで推定するシステム(WASAVIES)を開発し運用をはじめました。太陽嵐が発生して地上の中性子モニターで放射線の増加を伴うSEP増加が観測された時、被ばく線量率のマップが短い時間間隔で更新されその推移が表示されます。

図2. 推定された過去の大規模太陽フレア時の航空機高度における宇宙・太陽放射線による被ばく線量分布

図2. 推定された過去の大規模太陽フレア時の航空機高度における宇宙・太陽放射線による被ばく線量分布

過去の宇宙天気を知り、未来に活かす

2017年9月の太陽嵐は、近年では最大規模の現象でしたが、過去に遡るとさらに深刻な影響を社会に及ぼした事例が記録されています。例えば1989年3月に発生した太陽嵐による一連の現象では、カナダのケベック州でおよそ600万人が停電の被害に見舞われました。これよりもさらに大きな規模の現象が1859年に発生したと推定されています。そのときにはハワイなどの低緯度地域でオーロラが観測された記録等が残されており、もし現代に同規模の現象が発生すれば、当時よりもはるかに高度に発展した社会インフラに深刻な影響が世界規模で現れる大災害となる可能性が指摘されています。

手書きの宇宙天気監視記録

手書きの宇宙天気監視記録

宇宙環境研究室では毎日、太陽から電離圏に至る宇宙天気を監視と予測を行い、宇宙天気予報を発信しています。宇宙天気予報は30周年を超えましたが、宇宙天気の監視活動は、旧電波研究所から70年以上にわたって続けられてきています。当研究室にはそのころから脈々と受け継がれた宇宙天気の監視の記録が保存されています。私たちのグループでは、この記録から過去の大きな太陽嵐とその影響を掘り起こし、将来の宇宙天気予報に活用するためのデータとするための研究を進めています。

宇宙環境研究室に残る70年近く前の宇宙天気監視記録

宇宙環境研究室に残る70年近く前の宇宙天気監視記録

太陽嵐の影響を予測する

このように非常に大きな太陽嵐は、深刻な影響を社会に及ぼすことがある自然災害と呼ぶべき現象です。私はその影響の大きさを事前に予測するシステムの開発を行っています。

もっとも深刻な影響を及ぼす可能性がある現象が太陽から放出されるガスの塊CMEです。CMEは太陽の磁場を引きずり出しながら太陽系の外部まで伝搬します。CMEがもし地球方向に向かってきた場合、CMEの中にある磁場の向きに違いによっては、地球への影響が大きく異なります。それは、普段は地球の磁場がバリアの役割を果たし、太陽からのプラズマが地球の周囲へ侵入することを妨げているためです。しかし、地球に到来するプラズマの中の磁場が南を向いていた時、このバリア機能は弱くなるため、太陽からのプラズマが持っていたエネルギーが磁気圏に流入して大きなじょう乱を引き起こします。

数値シミュレーションを設計する

数値シミュレーションを設計する

このように、太陽嵐の地球への影響の大小を予測するためには、CMEとその内部の磁場を正確に予測する必要があります。CMEが太陽コロナで発生してから惑星間空間を伝搬し地球に到来するまでに1日~5日の時間がかかります。つまり太陽でフレアが観測された直後に予測をすることで、事前に対策を取ることが可能になります。しかし、太陽フレアが発生してからどういった過程を経てCMEが形成されて放出されるのか、また地球に至るまでに太陽風の中をCMEがどのように伝搬するかの過程については、観測が乏しく十分な理解が進んでいません。そのため、伝搬所要時間や地球に到来する磁場の向きの予測は簡単ではありません。

そこで私たちは、太陽表面の磁場分布や太陽コロナの観測データに基づいて、惑星間空間の太陽風の3次元分布を再現し、さらにその中で磁場を内包したCMEが伝搬する過程を数値シミュレーションで再現することで、地球に到来するプラズマの流れと磁場を予測するシステム(SUSANOO)を開発しています(図3)。十分に理解が進んでいない太陽風の形成過程やCMEの初期段階の発展には経験的に知られたモデルを使用しているためにまだまだ改良の余地がありますが、その理解を進めるための研究を進めつつ、地球に到来するモデルの予測精度を高めるための研究開発を進めています。

図3. 太陽風中を伝搬する太陽嵐(CME)の磁気流体力学シミュレーションによる2003年10月28日に発生した巨大太陽嵐が地球周辺を通過したときの磁力線と速度場の様子。背景の色は速度分布を、白いチューブが磁力線を表す。赤い曲面は、コロナ質量放出の前面の衝撃波に伴う高速のプラズマの流れ(秒速 1200㎞)の領域。座標の原点に太陽があり、色のついた球体は、この日時の惑星の位置を示す。

図3. 太陽風中を伝搬する太陽嵐(CME)の磁気流体力学シミュレーションによる2003年10月28日に発生した巨大太陽嵐が地球周辺を通過したときの磁力線と速度場の様子。背景の色は速度分布を、白いチューブが磁力線を表す。赤い曲面は、コロナ質量放出の前面の衝撃波に伴う高速のプラズマの流れ(秒速 1200㎞)の領域。座標の原点に太陽があり、色のついた球体は、この日時の惑星の位置を示す。

宇宙天気予報センターにて

宇宙天気予報センターにて