研究マネージャー
呉 奕鋒博士(工学)
大学院博士課程修了後、2007年、NICTに入所。
通信システムEMCに関する研究に従事。
スマートコミュニティ社会に向けた安全な電磁環境の実現
省エネ機器から生じる電磁雑音の発生機構に関する検討
はじめに
近年の自然災害によって節電や省エネに対する意識が高まる中で、環境に優しい太陽光発電システムの利用や、LED照明のような省エネ家電の導入が積極的に推進されています。これらの機器には、低消費電力・高効率を実現するために、電気的なスイッチング動作を伴う電源回路が搭載されていますが、そこで発生した電磁雑音が空間や電源線を伝わって、周囲の放送や無線通信に干渉を与えたり、同じ電源線に接続される他の機器の動作に影響を及ぼしたりすることが知られています。また最近では、IoT(Internet of Thing)やM2M(Machine to Machine)といった最新の情報通信技術によって、あらゆる機器がインターネットに繋がれるスマートコミュニティ社会が実現しつつありますが、その構成要素である発電システムや省エネ機器から電磁雑音が発生すると、スマートコミュニティ自体の通信機能に障害を起こす可能性があります。
電磁環境研究室では、より信頼性の高い社会インフラ実現への貢献を目指して、数値解析や電磁界測定によって電磁雑音の発生機構やその強度を正確に把握する技術と、雑音による通信・放送への影響を定量的に評価する技術の研究開発に取り組んでいます。ここでは例として、太陽光発電システム及びLED照明に関する研究成果の概要をご紹介します。
GTEMセル(左上)、TEMセル(右上)、広帯域伝導雑音測定装置(左下)、プローブ較正装置(右下)
太陽光発電システムからの電磁雑音の放射機構
太陽光発電システムは、太陽電池パネルで発生した直流電流をパワーコンディショナと呼ばれる装置で交流電流に変換して配電線に送電しますが、直流から交流に変換する際のスイッチングによって生じる電磁雑音が問題となっています。このスイッチング雑音の一部は、パワーコンディショナから直流電源線を伝わって太陽電池パネルへ逆流し、パネルがアンテナの代わりとなって空間へ放射されてしまいます。この電磁雑音が周囲の放送や無線通信に干渉を与えないように、CISPR(国際無線障害特別委員会)では、パワーコンディショナから流出する電磁雑音の測定法と許容値の国際的な取り決めについて、長期間に渡る検討が行われました。
図1. 太陽光発電システム
研究開発中の呉主任研究員
このような社会的にも重要な問題に対して、電磁環境研究室では、太陽光発電システムの電磁雑音放射の発生過程に関する研究を実施しました。その結果、電磁雑音放射の支配的要因を特定し、太陽光発電システムの構成による電磁雑音放射特性の違いを明らかにしました。以下にその一例をご紹介します。図2(a)に、パワーコンディショナから太陽電池パネル側(電磁雑音放射に寄与する部分)を抽出した、太陽光発電システムの簡易的なモデルを示します。図2(b)は電磁雑音の磁界強度の測定結果です。太陽光発電パネルの接地線が、電磁雑音放射の特性に大きな影響を与えることがわかります。この結果から、電力線、太陽電池パネル、接地線とグラウンド間に大きな電流経路のループが形成され、太陽光発電システムの配線レイアウトによる共振が起こるメカニズムが考えられます。さらに、電磁界の数値計算によっても、同様の傾向が確認されました。太陽光発電システムからの放射雑音を低減するためには、配線レイアウトが重要であることがわかります。
(a) 太陽光発電システムから放射される電磁雑音の測定風景
(b) 太陽電池パネルに接地線を装着した簡易モデル (c) 接地線による電磁雑音放射への影響
図2. 太陽光発電システムから放射される電磁雑音
LED照明からの放射雑音よる通信・放送への影響及びその識別技術
LED照明は、商用電源から得られる交流を直流に変換するスイッチング回路を内蔵し、電磁雑音を発生させることが知られています。LED照明の販売が開始されてまもなくの頃、LED照明から発生する電磁雑音によって放送受信に障害が発生したという事例が報道されたことがありました。電磁環境研究室では、省エネ機器を安心安全に使用できる電磁環境を整えるために、LED雑音の発生や干渉のメカニズムに関する研究を行いました。その概要をご紹介します。
図4に示すような、LED照明に電源を供給するためのダクトレールを使用したセットアップにおいて、ダクトレール上の電磁雑音の測定を行いました。図5に測定された磁界分布を示します。雑音源であるLED照明のみならず、ダクトレール(=電源線)からも大きな雑音が放射されている様子がわかります。これらの結果は、LED照明やその電源線と、電磁雑音の干渉を受ける無線通信や放送の受信アンテナをどの程度の距離だけ離して設置すべきかを検討する上で重要な情報となります。さらに我々は、電磁雑音の時間変動にも着目し、地上デジタル放送の正常受信に対して許容される電磁雑音の条件を雑音統計量から明らかにしました。
図3. LED照明が装着されたライティングダクトレールからの漏洩磁界測定
図4. LED照明が装着されたライティングダクトレールからの電磁雑音測定モデル
図5. LED照明が装着されたライティングダクトレールからの磁界分布
次に、電磁雑音の識別技術をご紹介します。LED照明から発生する電磁雑音による受信障害が起きた場合には、雑音発生源の位置を特定することが重要です。しかし一般には、複数のLED電球が同時に使用されることが多く、障害の起こった場所で電磁雑音測定を行ったとしても、その障害においてどのLED電球が支配的であるかがわかりません。そこで、異なる物理量の雑音の相関関係を利用した識別技術を開発しました。複数のLED照明から放射される電磁雑音の時間変化と、ある特定のLED照明の光強度の周期を照合することで、問題となる電磁雑音の発生源を突き止めることを可能です。この考え方は、光強度だけでなく、異なる物理量による電磁雑音探索に応用することもできます。
LED照明からの放射雑音および光強度の測定
光強度測定装置
図6. フォトディテクタを用いたLED雑音の識別測定の測定風景
図7. フォトディテクタを用いたLED雑音の識別測定のセットアップ(左図)
LED照明からの放射雑音および光強度の時系列関係(右図)
今後の展望
省エネ機器の普及が進むと同時に、高齢化社会に向けて医療や介護の重要性が増してきています。スマートコミュニティに接続された省エネ機器からの電磁雑音によって、通信機器のみならず、人命にかかわるような医療機器の誤動作が生じるなど、深刻な状況を招く可能性も否めません。電磁環境研究室では、適切な電磁環境の構築と維持を目的として、今後の通信技術の発展と社会的要請に対応するために、電磁雑音低減や電磁干渉回避の技術基盤である電磁雑音の発生機構解析・評価技術の研究開発を進めるほか、これらの問題を未然に防止するための技術開発を目指します。
電磁干渉実験室にて