佐々木 謙介

現:経営企画部企画戦略室 プランニングマネージャー

佐々木 謙介博士(工学)

2011年大学院博士課程修了後、NICTに入所。電気定数測定、電波の人体への安全性評価、計算工学の研究に従事。

電波の安全性に関する研究

「安全・安心」な電波利用のために

電波の安全性に関する研究

携帯電話を代表とした無線通信技術の発展は私たちの暮らしを快適にします。一方で、電波による生体への影響は常に関心の一つです。我が国では、電波ばく露による人体の防護指針が定められております。この防護指針値は国内外における膨大な研究成果を根拠としております。しかしながら、防護指針策定時には想定されていなかった新しい無線技術の普及に伴い、既存の防護指針の妥当性を確認する必要があります。

私どもの研究グループでは、長波からTHz帯まで幅広い周波数領域において、電波利用技術の安全性評価研究に取り組んでおります。ここでは、私どもの研究成果として、近い将来に普及が見込まれているミリ波帯の電波(周波数では30 GHz~300 GHz;波長では10 mm~1 mm)の安全性評価技術について紹介致します。

ミリ波帯電波は高画質動画等の大容量のデータの高速通信技術、航空セキュリティや車の衝突防止レーダーに用いられています。ミリ波帯電波ばく露における電磁界エネルギーの吸収領域は主に体表組織となります。したがって、ミリ波帯電波ばく露による健康影響は体表組織における電磁界エネルギー吸収による温度上昇、即ち熱影響が支配的と考えられております。そこで、これまで研究を進めてきたミリ波帯の電波吸収量の評価技術について次節以降に述べていきます。

大型電波暗室

大型電波暗室

測定器群

測定器群

シミュレーションによる評価(数値ドシメトリ評価)

(1) 解剖学的シミュレーションモデルの開発

複雑な構造を有し、かつ多様な組織によって構成される人体内部の電力吸収量を推定する手段として、数値シミュレーションによる評価を行っております。このシミュレーションによる評価では、実際の環境を模擬する必要がります。その際に、人体を構成する各組織を高精度に再現した解剖学的数値人体モデル(図1)を利用しています。この人体モデルは極低周波からマイクロ波帯における安全性評価や医療応用技術の開発研究など広く利用されております。

図1. 解剖学的数値人体モデル

図1. 解剖学的数値人体モデル

計測をする佐々木研究員

計測をする佐々木主任研究員

ミリ波帯電波による人体への電波吸収は体表に限定されます。従って、一般環境において、ミリ波帯電波ばく露による温度上昇は、露出している皮膚や眼部において大きくなることが想定されます。特に、眼部表面組織である角膜は血流による熱を循環する機構がないため、熱が蓄積されやすいものと考えられております。私どもの研究グループでは、MRI取得画像に基づいた、高精細眼球モデルを開発し、眼部内部での電力吸収・温度上昇を数値シミュレーションにより評価しています(図2)。

図2. 眼部MRI画像(左図)と高精細眼部モデル(右図)

図2. 眼部MRI画像(左図)と高精細眼部モデル(右図)

(2) 電気定数測定

電波ばく露による人体内部での電力吸収量を正確に把握する為には、人体を構成する各組織の電気的な特性を示す材料定数(電気定数)を把握する必要があります。ミリ波帯における生体試料の電気定数データの報告例は極めて少ないため、正確なシミュレーションによる評価が困難でした。私どもの研究グループではミリ波帯における電気定数測定装置(図3)を開発し、それによる測定値を公開しております。この研究成果は電波ばく露による安全性評価に活用されています。

図3. ミリ波帯電気定数測定装置

図3. ミリ波帯電気定数測定装置

生体等価ファントムによる実験的評価

シミュレーションによる評価のみだけではなく、実際の機器を用いたばく露量の測定も安全性評価技術研究に必要な課題の一つです。実測による電力吸収量や温度上昇を評価する手段として、生体等価ファントム(図4)を用いた評価を実施しております。生体等価ファントムは人体に近い電気的特性を持つ様に調整されており、これを用いることで、実機での電波ばく露による電力吸収量を推定します。

図4. マイクロ波帯における電力吸収量測定装置及び, 生体等価ファントム

図4. マイクロ波帯における電力吸収量測定装置及び, 生体等価ファントム

ミリ波帯における評価では、個体の生体等価ファントムを用いております。この生体等価ファントムを用いた実験結果はシミュレーションより得られた結果と比較することで、シミュレーションと実験データ双方の妥当性を検証しています(図5、6)。

図5. ミリ波帯における電波照射装置

図5. ミリ波帯における電波照射装置

図6. 生体等価ファントムによる照射実験。120 GHz 電波照射(左図)と照射後 (右図)における温度分布。

図6. 生体等価ファントムによる照射実験。
120 GHz 電波照射(左図)と照射後 (右図)における温度分布。

電磁環境研究室では計測技術の専門家を多く含み、電波の放射源(アンテナ等)からの放射電力量を正確に計測する為の技術開発・評価を行っております。ここで開発された計測手法や成果を生体内部での電力吸収量評価に活用することで、正確かつ信頼水準が明らかな研究成果を公開しています。

また、一方で電波の生体への安全性評価に辺り、医学的専門家との連携が必要不可欠です。私どもの研究グループでは、医学的専門家との協力体制を整えており、私どもの評価技術は医学的検証実験に活用されています。

大型電波暗室にて

大型電波暗室にて