主任研究員
チャカロタイ
ジェドヴィスノプ博士(工学)
大学院修了後、2013年NICTに入所。
較正技術開発、精密計測、高精度電磁界解析の研究に従事。
高精度・高信頼な電磁波計測をめざして
パルス的な電磁波の精密計測・解析技術に関する研究開発
はじめに
私たちの生活周辺には、スマートフォンに代表される携帯電話端末をはじめ、kHz帯・MHz帯電波を利用する無線電力伝送(Wireless Power Transfer, WPT)や、ミリ波帯(30 GHz~300 GHzの周波数帯)における自動運転のための車々間レーダーや在宅医療現場での見守りサービスのための生体センシングレーダー等の様々な電波利用機器が存在します。一方、近年では、情報通信端末等に実装される高速クロック電子回路や省エネ家電に実装される高効率スイッチング電源から、意図せずに広い周波数にわたって電磁ノイズがパルス的に発生するものがあります。これらの電波が他の無線ネットワークへ混信して通信性能の劣化を引き起こしたり、機器からの放射電磁波が人体へ影響を与えたりすることのないようにしなければなりません。すなわち、電磁的両立性の確保が必要になります。そのためには、無線機器や電子機器から放射されたパルス的な電磁波を高精度に計測する技術、様々な電子機器間の相互干渉を模擬する技術や様々な条件下での人体に対する安全性を評価できる高精度で高速な解析技術等の研究開発が必要になります。
高精度で高速な解析技術の研究開発
精密計測を支える較正技術
電波の測定に使う測定器が表示する値が、どれくらい正しいか、そのずれを確認する較正(こうせい)のための技術は、電波の質を示す電磁界強度等の様々な物理量の測定結果の精度及び信頼性を確保するために欠かせない技術です。較正対象となるものは、基本測定器(高周波電力計、高周波減衰器、周波数計、電圧電流計)、アンテナや電磁界プローブ等があります。図1には、電磁界プローブの各種を示します。それぞれのプローブは対象となる周波数範囲や使用環境が異なるため、それらに合わせて較正方法を開発しなければなりません。また、パルス的な電磁界の波形情報を得るためには、位相情報を含めた較正法を用いる必要があります。
研究開発中のチャカロタイ主任研究員
電界・磁界プローブ(左上)、3軸光電界プローブ(右上)、液剤中光電界プローブ(左下)、広帯域磁界プローブ(右下)
図1. 電磁界を計測するためのプローブ各種
私たちの研究グループでは、ミリ波帯電波利用機器からの放射妨害波測定のためのアンテナ・電磁界プローブに対して高精度な較正システムを開発しています(図2の左図)。CISPR(国際無線障害特別委員会)においても、アンテナ較正法・妨害波測定法等に関する国際的な取り決めについて、検討が行われています。また、人体に対する安全性を評価するために、人体と等価な電気的特性を有する液剤の中の電界強度や液剤に吸収された電力量を測定する必要があります。そこで、私たちの研究グループは、これまで高精度で電界を測定できる液剤中光電界プローブ及びその較正システムを開発し、MHz帯・kHz帯の周波数を利用する無線電力伝送システム近傍の人体に対する電波防護指針への適合性評価に用いています(図2の右図)。
ミリ波帯アンテナの較正システム(左)、液剤中光電界プローブの較正システム(右)
図2. アンテナ及び電磁界プローブの較正システム
パルス的な電磁波に対する高精度電磁界解析技術
WPTシステム等の新しく開発された電波利用システムを導入するためには、他の機器への電磁干渉の検討や人体の安全性を考慮した適合性確認等を事前に行わなければなりません。そのため、較正された電磁界プローブを用いて、機器近傍の電磁界を正確に測定し、その実測データを入力として干渉実験やばく露評価等を数値解析により実施します。こうすることによって、時間・コストのかかる大掛かりな実験を実施せずに、様々な条件下での、電磁干渉評価やばく露評価も高速に行うことができます。私たちの研究グループにおいて、これまで数kWの電力を伝送するWPTシステム近傍に強く放射される磁界の強度とその位相情報を取得し、電磁界解析により人体内に生ずる体内電界強度を求め、電波防護指針と照らし合わせて適合性評価を行いました(図3)。
無線電力伝送システム近傍の磁界計測(左)、測定データを用いた人体ばく露評価(右)
図3 無線電力伝送システムに対する適合性評価のための電磁界計測及び数値解析
(Jerdvisanop Chakarothai, et al. IEEE Trans. Microw. Theory Techn., 2018, vol. 66, no. 3, pp. 1543-1552)
さらに、私たちの研究グループでは、生体組織の電磁特性が周波数に依存する、すなわち周波数分散を時間領域でのパルスの伝搬・電力吸収解析に組み込むための新たなアルゴリズムを開発し、パルス的な電磁波に対する人体ばく露評価を世界で初めて可能にしました(図4)。この技術により、人体に対するパルス的な電磁波の影響を調べるために、生体内に吸収される過渡的な電磁エネルギー量を、短時間で高精度に求めることができるようになりました。また、パルス的な電磁波に対する人体ばく露評価に限らず、パルス的な電磁波を利用する人体近傍広帯域アンテナの設計、人体周辺・内外の超広帯域通信路の設計、テラヘルツ帯パルスによる非破壊計測等の、様々な研究領域において、高精度・高速な電磁界解析ができるようになりました。
網状骨の電気定数の周波数分散特性(左)、広帯域パルス電磁界に対するばく露評価(右)
図4. 開発されるアルゴリズムを用いたばく露評価
(Jerdvisanop Chakarothai, et al. IEEE Trans. Antennas Propagat., 2018, vol. 66, no. 10, pp. 5397-5408)
今後の展望と課題
今後、様々な機器が無線ネットワークによってつながり、無線機器の空間的な高密度化・高度な自律制御の導入によってこれまで以上に複雑化となる非定常的な電磁環境の保全を行う必要があります。そのためには、瞬間的に発生するパルス的な電磁波を正確に捉え、それらを用いて、高速に電磁干渉評価やばく露評価を高速に行うための研究開発を行います。また、開発した電磁界解析手法や測定手法等の国際標準化に貢献していきます。そのためには、多くの国内外の研究機関、大学及び企業にいる研究者の方々と協力していくことが必要不可欠だと考えています。今後、私たちで開発した技術を応用した様々な分野の方々との協力体制作りも積極的に行っていきたいと思います。
3号館の前にて